僧帽弁閉鎖不全症犬における左室-動脈連関

論文情報

  • タイトル
    Echocardiographic estimation of left ventricular-arterial coupling in dogs with myxomatous mitral valve disease
  • 著者
    Tatsuyuki Osuga, Tomoya Morita, Noboru Sasaki, Keitaro Morishita, Hiroshi Ohta, Mitsuyoshi Takiguchi
  • 雑誌
    J Vet Intern Med. 2021 Jan 13.
    PMID: 33442907

要約

Background:
The effective arterial elastance (Ea) to left ventricular (LV) end-systolic elastance (Ees) ratio (Ea/Ees) is an index of the interaction between LV and systemic arterial systems, left ventricular-arterial coupling (VAC).
The Ea is an index of total arterial load of the LV, whereas Ees is an index of LV systolic function.
In humans, inappropriate VAC based on increased Ea/Ees estimated using echocardiography is associated with more advanced heart disease severity.

Hypothesis:
Left ventricular-arterial coupling assessed by echocardiographic estimation of Ea/Ees is associated with disease severity in dogs with myxomatous mitral valve disease (MMVD).

Animals:
Ninety MMVD dogs and 61 healthy dogs.

Methods:
Prospective cross-sectional study. The MMVD dogs were classified into stages B1, B2, or C according to American College of Veterinary Internal Medicine guidelines.
Effective arterial elastance was echocardiographically estimated using the formula: mean blood pressure/(forward stroke volume/body weight). End-systolic elastance was echocardiographically estimated using the formula: mean blood pressure/(LV end-systolic volume/body weight). The ratio Ea/Ees was calculated.

Results:
The ratio Ea/Ees was higher in stage B2 dogs than in healthy dogs and dogs stage B1 (both P < .0001), and higher in stage C dogs than in healthy dogs and dogs in the other 2 stages (healthy vs C and B1 vs C, P < .0001; B2 vs C, P = .0005). Multivariable logistic regression analysis showed that Ea/Ees and the peak velocity of early diastolic transmitral flow to isovolumic relaxation time ratio were independent predictors of stage C among echocardiographic indices in MMVD dogs.

Conclusions and clinical importance:
Inappropriate VAC assessed by echocardiographically estimated Ea/Ees is associated with advanced disease severity in dogs with MMVD.

  • 背景
    実効動脈エラスタンス(Ea)-左室収縮末期エラスタンス(Ees)比(Ea/Ees)は、左室と全身動脈系の相互作用である左室-動脈連関(VAC)の指標である。
    Eaは左室の総動脈負荷の指標であるのに対し、Eesは左室の収縮機能の指標である。
    ヒトでは、心エコー検査で推定されたEa/Eesの増加に基づく不適切なVACは、より進行した心臓病の重症度と関連している。
  • 仮説
    心エコー検査によるEa/Eesの推定によって評価された左室-動脈連関は、粘液腫様僧帽弁疾患(MMVD)のイヌの重症度と関連している。
  • 対象動物
    MMVD犬90頭と健康犬61頭
  • 方法
    前向き横断研究。MMVDの犬は、米国獣医内科学会のガイドラインに基づき、ステージB1、B2、Cに分類された。
    実効動脈エラスタンスは、平均血圧/(前方一回心拍出量/体重)の式を用いて心エコーで推定した。
    収縮末期エラスタンスは、平均血圧/(左室収縮末期容積/体重)の式を用いて心エコーで推定した。
    Ea/Eesは計算で求めた。
  • 結果
    Ea/Eesは、健康犬とステージB1の犬よりもステージB2の犬で高く(両方ともP < 0.0001)、ステージCの犬は健康犬と他の2つのステージの犬よりも高くなった(健康犬やステージB1犬とステージC犬でP < 0.0001、ステージB2犬とステージC犬でP = 0.0005)。
    多変量ロジスティック回帰分析により、MMVD犬の心エコー指標のうち、Ea/EesとE波最大速度/等容弛緩期がステージCの独立した予測因子であることが示された。
  • 結論と臨床的重要性
    心エコーで推定されたEa/Eesによって評価された不適切なVACは、MMVD犬における進行した疾患重症度と関連している。

コメント

「そもそも左室-動脈連関(VAC)って何?」「実効動脈エラスタンス(Ea)って何?」「左室収縮末期エラスタンス(Ees)って何?」という疑問でノックアウトという人も多いんじゃないかと思います。
臨床獣医師が普段の診療で利用する機会はほぼなく、馴染みが薄い分野ですので。
しかも、これらの用語を理解するためには、心室内部の圧力(Pressure)と容積(Volume)の関係を表したPVループという概念から理解する必要があり、「分からない用語を調べようとしたら、さらに分からない用語が増えた」という地獄が待ち受けているところでもあります(笑)。

正直言うと、僕も「理解している」とは間違っても言えないレベルであんまり自信はありませんが、大まかに解説してみます。
詳しい方、何か間違いがあれば教えていただければ幸いです。

まず、大雑把に言うと、

  • 実効動脈エラスタンス(Ea) → 左心室の仕事の大変さ
  • 左室収縮末期エラスタンス(Ees) → 左心室の能力

だと思ってください。

なので、この2つの比であるEa/Eesは左心室の仕事の大変さ/左心室の能力となり、「左心室の仕事量と、左心室の能力がどれくらい釣り合っているか?」という目安と考えてもらうと良いかと思います。
このEa/Eesの数値が高いほど心臓は無理して頑張っていて、低いと余裕しゃくしゃくみたいなイメージです。

健康な心臓であれば、最も効率の良い努力量で仕事をこなすように調整する能力があります。
簡単な仕事に対しては軽く対応し、大変な仕事に対してはガッツリ迎え撃ちます。
そのため、たとえば運動時のように心臓に求められる仕事量が増えても、このEa/Eesはあまり変わりません。
しかし、心不全のように、心臓が頑張ろうにも頑張れない状態になると、この釣り合いが崩れてきます。

今回の研究は、僧帽弁閉鎖不全症の犬でこのEa/Eesを調べてみたというものになりますが、一応、健康犬→B1→B2→Cと病状が進行していくにつれてEa/Eesが変化していく様子が伺えます。

出典: Tatsuyuki Osuga, et.al. J Vet Intern Med. 2021 Jan 13.

素直に読めば、「心拡大が始まるステージB2くらいから心臓は無理をし始めている」となるでしょうか。

ただ、そのまま結果を受け取って良いのかな…と思った点もありました。
Ea/Eesの分母である左室収縮末期エラスタンス(Ees)を計算するうえで、一回心拍出量(SV)という、文字通り「心臓が一回収縮したときに全身に送り出される血液の量」が計算に入ってくるのですが、なにぶん今回は僧帽弁逆流がある症例なので、左心室から出ていく血液は正しい方向(大動脈側)と逆流方向(左心房側)の2つに分かれます。
計算には僧帽弁逆流のぶんは含めず、全身に出ていった血液量だけを考慮した前方一回心拍出量(FSV: Forward Stroke Volume)を用いています。
これで計算すると、Eesの値は低くなり、実際以上に心臓の能力が落ちているという解釈にならないかなあと思います。
「病気が進行するにつれて心臓は無理をし始める」という結論は変わらないでしょうが、その時期や程度はグラフで表されたものよりも変わってくるかもしれません。

ただ、最初にも述べたようにこの分野は苦手なので、何か勘違いしているかもしれません。
著者の先生にお話を伺える機会があれば、ぜひ伺ってみたいと思います。